言葉が死ぬとか生きるとか


昨夜KT君と下のエントリーについて少し話をしたことを受けて、少し補足として書くと、そこでは「武器」について話をして、つまり何か作品を読んだり観たり聴いたりする時に、「武器=批評」が必要なのではないかという話で、まあたしかにそうかもな、俺もそうだったしな、とか思うのだけど、いったんそうした「武器」を放棄することも大事というか、果たしてその「武器」は必要なのかしら? と疑ってみてもいいのではないかと思う。例えば一本のナイフを握りしめて、「俺にはこれしかないんだ!」と妄執して思い込むのはやっぱりちょっと危険だ、と思うのだけど「批評」もそれと同じで、そのナイフでしか世界を断罪できないかというと決してそんなことはない。


小説や批評というのは言葉で書くわけで、それらの表現が映画や演劇と明らかに違うのは、映画や演劇は基本的には、というか最終的には一人では作れなくて、どこかで他者が関わってこざるをえないのだけど、言葉で表現する場合は他者との関わりがなくてもいちおう書くことはできる。前のエントリーで書いたような「批評」にはそういう他者との関わりがほとんど感じられない。他者によって言葉を殺されるという経験をくぐりぬけていない気がする。


「他者によって言葉を殺される」と言うと過激ではあるけれど、ある時点において「私」が「武器」だと思っていた言葉が、他者との交通によって錬磨される、死を迎える、転生する、という経験はやっぱり文章にとって必要ではないかと思うのは、昨日の保坂和志さんの話でいえば「言葉の岐路」みたいなものがたしかに文章の流れの中にはいろんなところにあると思っていて、それはやや詩的な表現をするなら言葉が死に続けているというか、同時に生き続けているというか、絶えず再生と転生の可能性を孕んでいる、、、というようなことがあるのだけど、前のエントリーで言った「批評」は目の前にある作品を自らのヘゲモニー争いのために断罪することに焦るあまりに、そういう部分を通り過ぎてしまってつまらない。ほとんどレイヤーとしても平板な気がする。あっ、この「レイヤー」という言葉は快快のシノダに教えてもらった言葉で、シノダ女史はもちろん演劇に対してこの言葉を使っているのだけど、それを聴いたときに「小説とか言葉ではあんまりレイヤーっていう発想はないかもね」って話をしたのだけど、でももしかしたら、シノダが言ってるのと全然違う意味かもしれないけどもしかしたら言葉にもそういうレイヤーはあるのかもしれない。少なくとも重層性というようなことはあるものね。で、まあしかし、回り道になってしまったので話を戻すと、先を急ぐあまりに平板になってしまった「批評」で作品をフレームに当てはめて切り捨てるということが、果たして当該の作品を読んだことになるのだろうか(「読んだ」というアリバイ以上の意味で)と疑問に思う。


まあでも、最初の話に立ち返ってみて思うのは、当人が「武器」だと思って切羽詰まってナイフを振り回していたとしても、それが傍目にみれば子供がオモチャを振り回しているようにしか見えないこともあるわけで、僕はそういう光景を見たときに、そのナイフを振り回している当人の持っている「痛み」とか、振り回さざるを得ない事情、ということを考えないでもないけれど、でもやっぱり、おいおいちょっと落ち着けよ、ということを思うだろうと思う。っていうか思う。




あともういっこKT君と隣にいたW君とで話した中で面白かったのは寿命の話で、人生が50年と考えられていた頃と概ね80年くらいと考えられている今とで、昔のほうが人生が短いのだからより生き急ぐだろう、と考えがちだけど、実はそう簡単な話でもなくて、50年という短さの中に置かれているほうがより一個のちっぽけな生命を超えた大きな時間の流れというものを感じやすかったりもするのかもしれない。80年、という歳月はやっぱり人間というか生命にとってはそれなりに長い、たぶん長過ぎるくらいの歳月で、そうするとむしろ人生というものが必要以上に重いものとしてのしかかってくる、ということは考えられる。だからこそ「いかにして終わりなき日常を生きるか」といったようなことがあたかも人生の至上命題として構想されるわけだし、自分の人生を長いスパンの中で考える(哲学、歴史学、思想史)よりもより「現代的な問題」に引きつけて説明を求める(社会学や心理学)ほうが流行するのだろう。


今思い出したのだけど僕は20代の終わりの頃に早く30にならないかなーと思っていて、30になった時はしかし特に深い感慨もなかったけれどまあホッとしたのは事実で、それというのも20代のうちは別に自分がそうは思っていなかったとしてもやはり「何者かにならねばならない」という重圧が周囲からひしひしと感じられていたのだけど、30になると自他ともにいろいろと諦めてくれるというか、以前に比べると説教を垂れてくる人が激減してそれはかなりありがたくて、でも逆にいうと、誰に会うか、何を学ぶか、といったようなことはもはや全て自分で決めなくてはならなくなった。でも別にそれを「自分で決めなくてはならなくなった」とは全然意識してなくて、ただ単に自然にそうしているのだろうと思うし、もっと言えばそこでは自分の意志というようなものも僕の場合ほとんどなくて、これが20代だったら「志がない」とか「やりたいことがわからない」とか言われてしまいがちだし実際に散々言われたのだけど、いや、単に僕はご縁でやってるだけですから、ということを――今書きながら思ったけどこれは前に「nu」の戸塚泰雄さんがその言葉を使っていた影響も少なからずあると思うけど――とにかく、単にご縁で生きているだけのような気がする。


あ、またそれで思い出したけど昨日その戸塚さんに、保坂さんのトークが終わった後に「打ち上げがありそうですけど、昨日も飲み過ぎたし帰ってからも仕事があるからどうしようかなー」と話をしたところ戸塚さんはまるで自分が編集者ではないような顔をして「僕が編集者だったら今日は行くね」とたぶん冗談で言ったのだけど、そういう意味では僕は全然「編集者」としての適正がない。よく「いろんなイベントに行っててマメだよねー」みたいなことも言われるけど、それも意味がさっぱりわからなくて、基本的には単に行きたいイベントに行ってるだけで、たしかに時々は「これ行っといたほうがいいかなー」という判断もまったくないと言えば嘘になるし、そこはいちおうプロとしてやっている面もあるわけなのでそりゃあゼロではないけれど、でも基本的には自分が行きたいから行くし会いたい人に会う、と思っていて、そこを譲ってしまったらなんかおかしなことになってしまう気がする。こういうことも、20代の時であれば「ヌルい」とか「プロとしてどうこう」と言われたのだけど30を過ぎれば何を言われようともどうでもいいやという気持ちになる。


それに会える人にはそのうち会えるだろう、という文章で書いてみたら単なるトートロジーじゃん、というようなこともわりと本気で思っていて、例えばその時その場で挨拶をしなかったとしてもいつかきっとまた会えるだろうしその時でもいいか、みたいな気持ちがどこかにあって、その時々で単に今がこの人は旬だから、みたいなことで関係を作るということは、あんまりしたくない。できれば10年、20年とゆるくで構わないから関係を続けていけるような人と一緒に何かしたいなと思っていて、例えばある作家が5年後に書けなくなっていたとして、「あの人消えちゃったよねー」とどこかの飲み会の席で結成裁判で話題にするのではなくて書けないなら書けないなりに付き合いが残っているというふうなのがいい。どこかの安居酒屋にでもしけ込んで、「書けないんだけどねー、でも書きたいとは思ってるんだよねー」的な話を延々するとかってことができたらそれはそれで素敵なことではないだろうか。でもこれくらいの年齢に入ってくると、誰かと「何年かぶりに会ったよね、ひさしぶり」というようなことも実際にあったりするわけで、それで一緒に仕事できたりするとちょっと嬉しくなったりする。


別にこの話に結論とかもなくて、そろそろ仕事に戻らなくてはいけないので終わるけど、最後にありがちではあるけれどちょっと詩の一部を引用してみることにして、

  新しい航海に出る前に
  船は船底についたカキガラをすっかり落とすといふ
  僕も一度は船大工になれると思ったのだ
  ところが船大工どころか
  たかが詩人だった

というのがそれで、つまり黒田三郎の「ひとりの女に」という詩の一部を僕は昔仕事で行った先の福島のある人に教えてもらったのだけど、なぜこの詩を教えてもらったかという経緯は、たしかアンケートを街なかで実施していて、そこの職業欄に「詩人」と書いた稀有な人がいて、結構それは社内の笑い者というか笑い話になったのだけど、その時にその福島の人がわりと真剣にこの詩を教えてくれたのだった。


「たかが詩人だった」というフレーズはなかなかいいなと今でも思っている。