セックスと哲学


自称詩人でダンス教師の男が、40歳の誕生日を迎えるのを機に、4人の恋人たちを自らのダンススタジオに集める。当然4股をかけていたことはバレるのだが、男は平然とした顔で女たちを宥めながら、彼女たちとの出会いを順番に感傷的に振り返っていく……。


今やキアロスタミにつづくイラン映画の代表作家といってもいいモフセン・マフバルマフが、なぜかタジキスタンで撮った映画(2005年)なのだが、正直なところ、『パンと植木鉢』や『カンダハール』の監督がなーんでこんな映画を撮ったのかと驚いた。4股かけてる男がストップウォッチ片手に愛について語る様なんてとても正視できるものではなく、これは冗談か? 冗談だよね? コメディだよね?と思って、途中からシラフは無理だと判断して酒を飲んで楽しむことにしたんですけど、でも画面に対する技術と美意識はやっぱりさすがで、とくにタフミネという女が登場するいくつかのシーンは、女優の魅力も手伝って非常によかったです。(とかって騙されてるのかもしれないけど、でも映画の起源が魔術めいたものであったと考えれば全然騙されるのもアリです。)


喜劇なのか悲劇なのか、あるいは前衛的といっていいのか大衆娯楽的といっていいのか、なんとも判断のつかない不思議な文体。「フランス映画のようであり、アジア映画のようでもある」というレビューもどこかで見かけましたが、その、どこにも収まりがつかない、宙づられた感じには好感がもてます。ゴダールをもっとポップにしたといえば(語弊があるにせよ)わかりやすいでしょうか。メタファーに満ちているのでイメージ的にも政治的にも難解な解釈が可能でしょうが、でも私見では、マフマルバフにとって重要なのは、メタファーよりも物質であり、目の前で起きていることであり、カメラに収められた「そのもの」ではないか。つまりは、ただ単にきれいな女の人に頭から牛乳をかけてみたいとか、靴の匂いを嗅がせてみたいとか、雪の残る坂道をずっと走らせてみたいとか、飛行機で客がたったひとりの状態で客室乗務員の反応を見てみたいとか……そういう子供じみた欲望に突き動かされて(はしゃいで)この映画を撮ったんじゃないか、と思うんですよね。もしもそうだとしたら、マフマルバフは(娘も含めて)これから凄いことになりそう。巨匠らしからぬ壊れっぷりが素敵です。




あと余談ながら、クレジットを見るかぎり4人の女優の名前と役名が一致してるので、もしやこれはイラン映画お得意の、素人出演によるドキュメンタリー的な手法を使ってるんじゃないか? とか、だとしたら4人の女たちは実際にこのダンス教師ジョーンの元恋人であって、その破局をリプレイとして演じているんだったりして、ちょっとそれってヤバくない? とかとか、邪推も働いたのですが、残念ながらジョーンを演じているDaler Nazarovという人は詩人でもダンス教師でもなくタジキスタンの作曲家で、しかも1959年生まれらしいので、作中人物の年齢とも合致しませんでした。そんなこんなで、ほんとはもう少しこの映画が撮られた経緯とか知りたいのですが、あまり情報を入手できず。むーん。



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