女が階段を上る時
成瀬巳喜男監督の『女が階段を上る時』(1960年)。洒脱で、痛々しい映画。けっして成瀬=高峰映画の最高傑作ではないと思うのだけど、観終わってなんだか、すごいものが胸に残ってしまった感じがする。
溝口健二の『赤線地帯』と同じく黛敏郎が音楽を担当していて、銀座の夜の軽妙で物悲しい雰囲気をうまく醸し出している。成瀬映画の中ではこの音楽の使い方はかなり異色といえるのだろう。階段といえば『浮雲』の伊香保の階段はロケではなくて中古智によって作られたセットらしい。この映画の階段もそうなのかもしれない。
主演の高峰秀子に対してはもはやほとんど畏敬の念を感じる。なまめかしいというわけではない。すっかり記号化されているというわけでもない。不思議な魅力を宿している女優で、そして映画の中では若いけれども、実際には自分よりもはるかに歳上だということを考えると惚れそうなのに惚れるわけにもいかず、ますますもって不思議というしかない。強いところをもっているしそれを演技として見せることもできる人だが、むしろそういう強さを放棄した時に、年齢もよくわからなくなり、映画そのものになってしまう、という感じ? たとえば、ベッドの中で、夢について語るシーンとか。夢の中で泣いていて、起きたらほんとに泣いていた、と語る彼女の持っている、この圧倒的な何かに対して語る言葉が見当たらない。でもそれは圧倒的な何かなのだ、とは感じる。
それにしても、この映画でもやっぱり男たちはことごとくダメ人間として描かれる。森雅之、加東大介といった常連陣はもちろんのこと、硬派なマネージャー役の仲代達矢でさえ、最後にはかっこよく退場する権利を失ってしまうのだから。
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