白い恐怖


アルフレッド・ヒッチコック監督が1945年に撮ったサスペンス映画。精神病患者を収容する施設に勤める、ツンデレだが美しい精神科医コンスタンス(イングリッド・バーグマン)は、新たに赴任して来たエドワーズを名乗る長身の若い所長(グレゴリー・ペック、なんとこの前年にデビューしたばかり)に一目惚れ。ところが彼は白い下地の中に線が引かれているのを見るたびに激しく取り乱す。実は彼は記憶喪失に陥っており、無意識のうちにエドワーズになりすましていたのだ。殺人の容疑がかけられた彼が、「君に迷惑はかけられない」と言いながらもちゃっかり居所を書いたメモを残して姿を消すものだから、恋に猪突猛進のコンスタンスは当然ながら仕事を放棄し、彼を追って一路ニューヨークのエンパイアステイトホテルに急ぐ。果たして彼の過去には一体何があったのか? コンスタンスは警察の追手をうまくかわすことができるのか? そして真実が明らかになる時、二人の恋にハッピーエンドは訪れるのだろうか?


冒頭に「これは精神分析の物語である」と注釈があるように、精神分析を過大評価している傾向が現在となっては気になるものの(グレゴリー・ペックはいくらなんでも失神しすぎ!)、夢のシーンにサルバドール・ダリの協力を仰ぐなど、斬新なイメージは今でも色褪せない。というか、軍隊の話は出てくるけど直截的には戦争の気配を感じさせないこの作品を、1945という年に撮らせてしまうという、そのハリウッドの余裕に驚嘆する。日本では1942年に「文學界」で「近代の超克」をテーマにした座談会が開かれており、そこで唯一「アメリカのテクノロジーを軽視してはならない」と警句を発したのが映画批評家の津村秀夫であったという話をどこかで読んだけど(残念ながらその座談会そのものは未見なのでアレですが)、こういう余裕たっぷりの映画を観てしまうとそう言いたくなるのもわかる気がする。*1


かつてコンスタンスを指導した老先生役を勤めるマイケル・チェーホフは、あのアントン・チェーホフの甥で、実際にイングリッド・バーグマンの演技指導も行っていたらしい、と考えると作中で老先生が二回も口にする「コンスタンスの夫はわしの夫も同然じゃ」というセリフにもさらなる厚みが出る。ちなみにヒッチコック自身は、ホテルのエレベーターからタバコをふかしながら出て来て1.5秒くらい出演(笑)。あ、あと日本語版字幕が異様に誤植多し。どういうこと?




白い恐怖 [DVD] FRT-104

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*1:もちろんヒッチコックのこの作品自体は厳密には当の座談会よりも後に作られたものですが、同時代的に、という意味で。