丹下左膳餘話 百萬兩の壺


夭折した山中貞雄による、現存する数少ない作品のひとつである時代劇コメディ(1935年)。ある武家の家にあった壺が実は百万両の値打ちがあることが判明したが、すでに彼の妻が屑屋に二束三文で売っぱらってしまった後だった。あわてた当主は壺を捜しに出かけることにするが、途中、町で見かけた矢場の女にメロメロに入れ込んでしまい、壺を探しにいくことを妻への口実としつつ、毎日矢場にいりびたっては密会を重ねるようになる(にもかかわらず射撃の腕は一向に上達しない、笑)。いっぽう、その同じ矢場で起きた喧嘩がもとで、ある商店の大旦那が殺されてしまった。矢場の用心棒・丹下左膳は大旦那の肉親にそのことを知らせにいこうとするが、実際に家に辿り着いてみると大旦那どころかそこは貧しいボロ長屋にすぎず、幼い子供がひとり残されているだけだった。不憫に思った丹下と矢場の女主人・お藤は「こんな汚い子供をウチにおけるものですか」などと悪態をつきながらもその子供ヤス坊を引き取って大事に育て、愛するようになるが、実はそのヤス坊こそが、屑屋から百万両の壺を譲り受けてキンギョ鉢として使っていたものだから、さあ大変(笑)。


伊藤大輔丹下左膳シリーズをパロディ化したもので、大河内傳次郎が一見して情けなくて厄介だがなんとも憎めない隻眼片腕の居候として丹下左膳を演じている。いかにも義理人情に篤いという時代劇にありがちなキャラクターではなく、また世の中に対してはすっぱに構えた厭世的な剣士でもなく、大河内演じるこの丹下左膳はきわめてワガママな言動を繰り返してはダダをこねるばかりなのだが、恋人? 女房? 単なる同居人? よくわからない関係だが喧嘩するほど仲が良いという感じの矢場の女主人・お藤(歌手の喜代三)と同じく、実はものすごく愚直で心根の優しい人物であるということがわかる。それを、ショットの切り替えとかでわかるようにさりげなく見せちゃう(魅せちゃう)んだもの。そのギャップが可笑しくて、ほろりときます。


のっかけら歌舞伎狂言的なもってまわった言い回しが始まるので、そこにチューニングするのが少し難しいけども、それさえやってしまったらば後はまったく問題なし。原作者はこのコミカルな丹下左膳が気に入らなかったようですが、かなり愛すべきキャラクターだと僕は思います。なおラストのほうのチャンバラは占領軍下で検閲されて失われていたが(GHQの下では、そもそも時代劇を作ること自体事実上禁じられていた)、DVD版では「幻のシーン」として音声なしの映像のみが復活している。


丹下左膳餘話 百萬兩の壺 [DVD]

丹下左膳餘話 百萬兩の壺 [DVD]