娘・妻・母


成瀬巳喜男監督が『女が階段を上る時』に続いて公開した『娘・妻・母』(1960年)。「母もの」で知られる三益愛子を一家の母親役に起用するほか、やや時代に取り残された感のある後家の娘役に原節子、長男・森雅之の妻役に『浮雲』でその森と大恋愛を演じた高峰秀子を用いるなど、おそらく当時の映画館の観客たちがごく普通に持っていたであろう映画史的記憶(この場合、教養というよりはデータベースという意味)をうまく利用したキャスティングとなっている。さばさばした三女役に、『女が階段を上る時*1でしたたかな生き方を示してみせた団礼子。芸術家気取りの次男夫婦に越路吹雪宝田明。嫌味だがあっけらかんとしたところもある姑役に杉村春子など。きわめつけは、単なる通りすがりとして二度道端で登場*2して三益愛子とすれ違うだけの笠智衆だが、実は彼がこの映画に驚愕のラストをもたらすのだった。*3


成瀬映画のいくつかの作品においては、単なる世代間闘争という図式でとらえられるほど単純ではないにせよ、複数の価値観を持った人物たちが一堂に会し、あるいはすれ違うことによって、テーマを浮き彫りにするといった手法が何度か見受けられる。小津の『東京物語』(1953年)でひとりでたくましく生きる新しい女性像を演じていた原節子は、この映画ではどちらかというと古風な様式を引きずった女性として描かれるし、その妹役の団礼子はあまりにも対照的な、鮮烈で若々しいイメージを持った女の子として登場する。そうした価値観の推移といったものは、役者が持っているイメージだけではなく、その他の様々なガジェットによっても表現される。たとえば原節子が、電動の掃除機に驚いて「私、これ使ったことありませんの」と言いながら嬉々として掃除機を動かすシーンでは、その直後に仲代達矢とのラブシーンが始まるという、今ではとても考えられないような展開になるのだが、しかし洗濯機や化学洗剤といった小物はこの映画においては非常に重要な役割を果たしているのだった。「養老院」が「老人ホーム」という新しい呼称に言い換えられるのとかも、移り行く時代の象徴ではあるだろう。


さらに役者のデータベースの有効活用ということでいえば、これは成瀬巳喜男に特徴的なことなのか、あるいはこの時代の東宝のスタジオシステムに一般的に観られた特徴なのかわからないが、主要キャストとして毎回ほとんど同じ人物たちが用いられていて、つまりはそれぞれの役者が、「すでにあの映画にこういう役として出ていた」という記憶を引きずったまま観客の前に現れ出ることになる。次の映画が、すでに前の映画の反復であることを逃れられない、という開き直りのもとに撮られる成瀬の映画では、過去の作品のデータベースが役者たちのキャラクタライゼーションを押し進め、その既存の記憶を利用することで、観客の歓心を買う、ということをおそらくは意図的にやっていたのではないか?(たとえばこの映画のラストシーンは、小津の『東京物語』を観ていない人にとってはとりたててなんの感慨ももたらさないに違いない。)


個人的には、どちらかというと、こうしたデータベースに寄りかかって玄人の観客を喜ばせる作品よりも、たとえば玉井正夫キャメラによって映し出される白黒作品なんかほうが、より深いところで心とらわれる感じはする。


娘・妻・母 [DVD]

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*1:さらに言えば予告編の一部では、なぜか『女が階段を上る時』の黛敏郎の音楽が用いられていて、いやがおうにもその記憶を喚起させるようになっている。

*2:ちなみにこの映画で良かったのは、ラストも含めた〈道〉のシーンばかりで、いっぽう〈家〉の中で繰り広げられる群像劇に関しては、それほど響くものはなかった。

*3:笠智衆を登場させたのは、この映画が成瀬版の『東京物語』であるという宣言にほかならないと思う。もちろん、テーマ的にもまさにそうだし。